三重連携排砂


(2004/07/17 宇奈月ダム排砂ゲート開放 提供:排砂被害支援ネットワーク事務局長 金谷敏行氏)
{画面左:排砂ゲートからの湖底泥水  右:水位低下用ゲートからの湖面水}

今年の連携排砂は2004年(平成16)7月16日11時54分開始された。
排砂量は33万立米。2002年6月の排砂量は8万立米、2001年7月の排砂量も同じく8万立米だ。
今年の出し平ダム排砂量が従来の4倍以上の排砂量になった
理由は上流にある「小屋平ダム」にある。

2003年9月27、28日と10月2日、小屋平ダムに堆積していた大量の土砂を放出したからだ。
黒部川第2発電所取水口への木材浸入防止柵を取り替えるのでダム湖を空にするため、
貯留していた土砂を下流の「出し平ダム」に放出したのだ。

1936年(昭和11)から稼動の小屋平ダム(135000立米)は96%まで土砂が堆積していた。
そのため、約2km上流の「猿飛峡」(特別名勝特別天然記念物)の川床も浅くなり、
猿が飛び越えるといわれた淵の深い川幅の狭い奇勝も哀れな光景だ。

今回の放出で小屋平ダムの下流や、
ダム上流の土砂もまとめて出し平ダムに滞留したのだろう。
しかし、複雑な土砂の堆積であるから33万立米が正確な数値とはいえまい。
なぜなら、これはダム管理者の一方的報告だからである。
その数値の根拠が明示されていないからだ。

この連携排砂は正確に表現すれば3重の連携排砂である。
1、2003年9月以前の小屋平ダムの永年堆積した大量の土砂、
2、2003年6月以来の出し平ダムに堆積した8万立米の土砂、
3、同じく、出し平ダムから宇奈月ダムまでに堆積した土砂、
合計、例年の4倍になる排砂量33万立米

宇奈月ダム直下ではヘドロの強烈な悪臭が充満していた。
下流に向かうにしたがって臭いは薄くくなるが、
チョコレート色の水が希釈されることはなかった。


黒部川の河口はこの時期コアジサシが中洲で営巣をしていた。
この時期、河口は多くの渡り鳥が繁殖地にしているのだ。
確認できた巣だけでも7巣あったが、5巣が水没したという。
コアジサシの親だろうか、河川敷から中州を見ているのが哀れだった。

河口から富山湾に流れた汚泥は海水で希釈されて褐色になり、
潮流に流されて入善町、朝日町、新潟県方面に流れていた。

翌18日午後、大量の流木が猛烈な勢いで河口に向かっていた。
一部は川に残ったが、多くの流木が富山湾に流下し、
汚泥とともに入善方面に流れていた。

十分に海水を含んだ流木は沈木となって水中に隠れる。
船舶が沈木と衝突して浸水の原因にもなる危険な流木だ。
入善漁港では流木が港内に侵入し、
漁船が出港できずやむなく休業になった。

河口付近では関西電力と国土交通省による共同水質調査、
金沢大学大学院自然科学研究科田崎和江教授、
福井県立大学生物資源学部海洋生物資源学科青海忠久教授の
研究室が共同水質調査を行った。


(2004/07/17 入善漁港に押し寄せる褐色の排砂汚水、沖は黒部市方面)

排砂は黒部川の川魚を死滅させ、川と河川敷の植生を激変させた。
海へ流れたヘドロや微細な土砂は
底魚の棲息と繁殖を壊滅させるヘドロを堆積させた。

土砂の連続的は流下を停止したことから海岸侵食が加速し、
白砂青松の砂浜を消滅させたばかりでなく、
莫大な経費をかけて防潮堤などを造らざるを得なくなっている。
黒部川の水神は人間の愚かさを嘲笑しているだろう。

毎年の連携排砂ではダムから河口までたどるが、
いつも変わらないのはヘドロの悪臭である。
上澄みの水と混ぜて希釈しながら放出されるが、
宇奈月ダム直下の悪臭はひどい。

黒部川に留まる枯れ葉などの有機物は半年ほどでヘドロ化するともいわれる。
これが確かなら、年間に一度だけの排砂は無意味なものになる。
事実、毎年のヘドロの強烈な臭いがそれを証明しているのだ。

年間を通じて少なくとも6回程度の排砂をするか、
それとも、「砂防ダム」にして排砂ゲートを使用すべきでない。

私案
「宇奈月ダム」の排砂ゲートは通年開放する。
「出し平ダム」は年間で180日以上排砂ゲートを開放する。

この措置で黒部川と富山湾の環境回復が期待できると考える。
                                               おわり